スティーヴン・ナイト監督、脚本。出演マシュー・マコノヒー、アン・ハサウェイ。2019年。 Netflix
ネタバレです。未見の人は、さようなら。( ; _ ; )/~また来てね。
この映画は宣伝費をかけて公開予定だった大作でした。
が、上層部に大不評でNetflixに売り払われたという映画です。
ネット界隈でもあまりに低評価なので逆に興味を持って、見てみました!
わたし、面白かったです。
あらすじ
ベイカー・ディルは漁師として平穏な生活を送っていた。そんなある日、元妻のカレンがベイカーの下を訪ねてきた。カレンは「夫が私と息子のパトリックに暴力を振るってくる。夫を殺すのを手伝って欲しい」とベイカーに頼み込んできた。
左からディル。
釣り船の船長ディルが、いきなり、巨大マグロと格闘するシーンから始まります。
なんというか、あざとさを持った明瞭な世界、というか、その訳は、比較的、早い段階でわかります。
パトリックはディルの息子です。
そして、パトリックだけが、現実なのです。後は、すべて、バーチャルリアリティとなります。
11、2歳の息子以外は、彼が作ったゲームの世界の虚像なんです。
父親と離れて暮らす子供は、ディルが主人公の世界を現実になぞらえて作ったわけです。
「老人と海」を読んだであろう子供が、作った世界!という設定を、大人が作ったんですねえ。
母親のカレンとダイアン・レイン演じるマダムは、両者とも息子のことは思いやっています、が、、男に対して肉の誘惑しか考えていないような、現実感の伴わない女です。w
ディルと元妻カレン。
ディルと現実の息子が通じ合うシーンがあり、これは、一昔前のハイパーリアルかぁ!つう、ボードリヤールをボヤッと思い浮かべたわたしです。
虚構と現実が混じるんです。
が、しかし、この映画は現実存在の息子の視線で出来てはいません。
なんと、虚像である父親ディルの視線で物語は進んでいくんです。
ここになんらかの意図を読み取ることは困難です。この映画が失敗作であるなら、ここら辺に原因があるのかもしれません。
ディルが息子に電話をかけます。
「待っている」と。
現実の息子が引き出しを開けると、そこにイラクで戦死した父親の写真がありました。勲章もいっしょに。
ディルは死んでいました。
この物語が、父恋し、であったことにいきなり胸を打たれます。
ヨットハーバーを走る子供。子供はディルの腕の中に飛び込みました。
ラスト、現実世界の息子のバストショットに彼のモノローグが被せられます。
「僕と父は、どこかで一緒にいるんだ」
この言葉は、彼がバーチャルの世界に引きこもってしまうのではなく、そこを出る可能性もある言葉だと、わたしは思いました。