ヘンリー8世とトマス・モアは、数々のドラマに出演なさっている。
その有名人をクロムウェルが語った史劇だと言うんで、目が点になった。
イギリスBBC放送、2015年。
ピーター・コスミンスキー監督。
マーク・ライランス主演。
他のドラマで見たトマス・モアは、聖人という感じで穏やかに子供らと芝生の上で笑っていた。そもそも、『ユートピア』という共産主義的な理想郷の本を書いた思想家。
そのモアを断頭台に送ったのは、悪役のイメージしかないクロムウェル、今回のドラマ「ウルフホール」の主人公だ。
このドラマを見て驚いたのは、クロムウェルが大変優れた官僚だったこと。ヘンリー8世のご機嫌をとりながら、一石二鳥の法案を作り、行政改革を成し遂げた人だった!
おまけに彼は下層階級の出身。下剋上を成し遂げた人物なのである。こんなん、記憶にないわ!
そして、クロムウェルとモアの絡ませ方がすごい。
モアの優れた部分は描かれない。「ずっとあなたを尊敬してきた」というクロムウェルの言葉だけである。
彼は、モアを敬愛していた。ヘンリー8世の目をかいくぐって、モアを助けようともする。
そこで、回想が入る…。
使い走りの子供だったクロムウェルは、憧れの眼差しでモア若様を覗き見していた。その頃から、モア若様は優秀で評判だった。目が合った彼は、嬉しくて思わず手を振った。モア若様はバタンと窓を閉めてしまわれた。
クロムウェルは、モアを葬り去る決断をする時、出自にまつわる恨みを思い出すのである。
優秀で底辺から上ってきたクロムウェルには、主役らしい可愛らしさがある。けれど、いつも脂ぽい髪から、そこはかとなく卑しさが漂ってくる。
彼の二面性なのだ。
過剰なものが一切ない抑制されたドラマだった。
抑制は、クロムウェルそのものかもしれない。壮大な隠喩のような気がしてくる。
クロムウェルと奥さんと娘たちのシーンは色合いが素朴で明るく、古典絵画のように美しい。
彼女たちが死んだ後、彼の屋敷は暗闇に沈んでいく。
傑作ドラマだった。