長相思/17話〜32話/その2
彼女は、誰を愛したのか?

👆ヤンズー(小男→から変身がとけて、王族の姫)
この物語は、一見、俯瞰の視点から語られているように見えて、実は、二つの視点を持つ。
前半は、小男の視点が中心、姫に戻ってからは、男たちの視点が中心となる。
つまり、彼女が誰を愛したのか、分かりづらいものになっている。
👇左から。従兄(王族)→銀髪(妖怪)→若様(貴族)

だけど、わたしに言わせれば、彼女は銀髪を愛したのだ。
銀髪はもう一つの顔を持っている。👇貴族の遊び人。

ヤンズーは銀髪に、思わず、愛を告白していた。
「あなたを夢に見るのが怖い。あなたは夢見ていい人じゃない。」
これは、多くの人が言うような「あなたのような怪物を夢で見たく無い」ではなく、「好きになってはいけない人だから」という意味だ。
「レイミアは、夢でコリントスの若者リシアスを見る。彼に恋焦がれたレイミアは、ヘルメスと取引をして人間の女になり、若者と相思相愛になった。幸せな時が流れていたが、若者は社会復帰を望むようになった。レイミアが哲学者の合理的な精神に射抜かれて死ぬと、若者は悲嘆のあまりに事切れていた。」
、というような内容だ。
…哲学は天使の翼を斬り落とし、妖精のさまよう空や
グノムスの棲む金山から彼らを追い払い
虹の布目を解くだろう…
科学的な合理性は、ロマンスを滑稽に見せ、ロマンスの美を散逸させる。
けれど、中国のファンタジー時代劇の中には、まだまだ、郷愁を誘う美しいロマンスがある。ロマン主義的なものが息づける遙かな歴史、神話、道教的なもの、といった余地がある。
「長相思」の舞台も、神族、妖怪、人が一緒に暮らす神話の世界になっている。この物語は、銀髪とヤンズーに焦点を当ててみれば、大ロマンス劇だ。
ヤンズーは、満点の星空の下、荒野にポツンと佇んでいるような女の子だ。自由な心は、孤独で、実存的不安を抱えている。
彼女は、見捨てられた子供なのだ。小さな子供の時から1人で生きてきた。彼女は、若様の看病をしながら、人への信頼を取り戻していく。
銀髪は、自分と同じ憐れな魂を持つ彼女を愛した。
銀髪は、戦さで死ぬ覚悟だった。時が来るまでは、この女を守りながら、遊んでやろう、くらいに思っていたのかもしれない。
しかし、銀髪の覚悟に気がついたヤンズーは、敵に降る事を提案して、怒った彼に締め殺されかけた。
彼は、ヤンズーから告白されるまで、彼女の気持ちを考えた事がなかった。
彼女の告白を聞いた銀髪はショックだったと思う。
彼は、彼女の従兄の敵であり、もうすぐ死ぬつもりの男だった。
「あなたは夢に見ちゃいけない人なの…」
ヤンズーは、また、初恋の若様を、決して見捨てることができないだろう。
彼は、レイミアのリシアスに似ている。ヤンズーが死ぬと、死んでしまうような若者なのだ。
銀髪とヤンズーにとって、レイミアの幻境は、三日月よりも遠い。