そもそも、わたしは、ジョウ・イーウェイが好き。
ジョウ版の狄仁傑は、公明正大なんだ。👇

ロバート・ヒューリックの『ディー判事』シリーズをモチーフにしている。
9つの事件簿で構成されていて、その内の4つは、新たに書かれたもの。
実のところ、狄仁傑の探案物は、ものすごく中国で愛されているシリーズがすでに存在する。
然るべきして、ジョウイーウェイの「大唐狄公案」は、中国でクソミソに言われている。
「こんなの狄仁傑じゃない!」と。まぁね。そういうことって、あるもんなぁ。
でも、わたしは、その愛されているシリーズを見たことがない。
おおっ?わたしはかなり、公明にドラマを見たんじゃないかい?!
好き嫌いでものを言うわたしに公明正大は不可能じゃないか、という疑問は、あっちに置いとく。
うん。ひとことで言えば、ジョウの「大唐狄公案」は、めっちゃ面白かった!
リズミカルな編集で、映像に飽きないし、中盤あたり、原作モチーフの事件簿は、おどろおどろしく湿った空気感に満ちて、質の高い英国のミステリードラマみたいだった。
英国ミステリードラマにとって、凡そ、怪奇的なものは、異物や弱者の象徴であって、より深みのある人間模様を展開している、と思ったりもする。
でも、そいう要素を持った事件簿と、新たに書かれた事件簿は、上手く繋がっていない。
新たな狄仁傑には、「法の遵守を徹底する」という使命感がある。
西部劇みたいな無法地帯で葛藤する狄ジョウ、、うーむ。
あと、
自分と武則天の共通点は運命にあがらっていることだ、と言っていて、おっ、と思った。
だって、武則天って、三大悪女の1人とされてるんだよ。
あっこまで登り詰めたんだし、優れた女性政治家だったろう、と思ってたので、再評価が始まれば良いな。