『傷口から人生』小野美由紀著

 愛されたいという欲望を笑わば笑え!

 

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frikandelさんがオススメしていたので手に取ったところ、も…イッキ読みです。

非常に赤裸々!

この本は、スペイン旅行のエッセイを軸に細かい私的なエッセイが挟み込まれています。けれど、就活から始まり、ライターとして一本立ちするまでの物語として読めます。圧巻の物語でした。

 

frikandel.hatenablog.com

 

frikandelさんが書かれています、< 若い時に誰もが持つ「悪いのは自分じゃない、社会だ!環境だ!」という被害者妄想意識と「誰か助けて、誰か私を愛して!」という無意識な欠乏感。>と。

 

frikandelさんの看破、「愛されたかったんだ」は、「おぉ!すごい」と思いました。なぜなら、「愛」という言葉でまとめているから。

だからわたしも「愛」という言葉を使います。

本の終わりで小野氏は、殻を破り社会や他人を信用すること、物事や他者を愛することを説くに至ります。だんだんと社会に向かって心を開いていくさまといい、この本は見事な編集で、本当に読み応えのある私小説の趣がありました。

 

 この「愛」について、下の息子に語ろうか…ちと心が惑います。

彼は、「仕事はうまく適当にやる」と言ってはばかりません。

それって、まずいでしょう…とわたしは思うわけです。別に小野氏がいうようなパターナリズムじゃあないですよ。つまり彼は、社会的な出来事、人に対して、シニカルで殻を被っているのです。

心を開かなければ、人を信用することも、そこから始まる愛することもままなりません。

いったんここに立てば、思いがけない視界が広がるはずです。

彼は、頭ではわかる、と答えるんですが…どうしたもんでしょうねぇ。

いやはや、お前が言うか、ってことではありますが、不思議と、これだけはわたしはできていたんです。と思います。…単純だからかも。

中学生の頃かしら、愛されるより、愛することが、大切なんだと考えたんですよねぇ。

 

紅葉がきれいです。

彼は、元気でしょうか。

 

 

ハンナ

夢中になった。ハンナに。

彼女は、「ショーガール」 のノエミをどこか思い出させる。

 

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1995年作の映画 「 ショーガール」はラズベリー賞を沢山取ったが、わたしは主人公のノエミというダンサーが忘れられない。

ノエミは親友をレイプした男に復讐する。ダンサーという身体能力の高さを活かし、頭を悪賢く使ってレイプ男に激しい暴行を加えた。

 ノエミは社会のともすれば彼女たちを押しつぶそうとする力に負けないのだ。

 

2011年作の映画「ハンナ」のリメイク

エスメ・クリード・マイルズ、ミレイユ・イーノス、ジョエル・キナマン

 あらすじ

ハンナはCIAの施設で生まれるが、CIAの担当者マリッサの手下であったエリックによって赤ん坊の時、盗み出され、ポーランドの森の中で育てられる。エリックに戦闘能力を鍛えられる。wiki

 

 このドラマは映画「ハンナ」のリメイクだ。ハンナはまだ15、6歳の少女だが、すざましい戦闘能力を持つ。彼女は暴力と頭を使うことができる。

白状すると、彼女の暴力シーンは快・感だ。

社会との相克に負けない暴力少女役は難しい。どこかに可愛げを残しておかなければ、感情移入が困難になってしまう。

  

ハンナ役のエスメはサマンサ・モートンの娘だそうだ。ちょっと中性的な魅力があって、むちゃくちゃ可愛い。

父親役のキナマンはうっとりするほど綺麗な顔に映ることがあった。わたしは楽しかったが、ドラマとしてはそれでいいのだろうか?

元上官役のミレイユさんはドラマ全体のトーンをまとめていくほど雰囲気があり、彼女がドラマの要になっている。

 

社会生活から隔絶されて育った者が世の中に直面する。わたしは、何故かこのプロットに惹かれてしょうがない…。 

 

 Anti-Lullabyが印象的。

Anti-Lullaby (From “Hanna”)

Anti-Lullaby (From “Hanna”)

  • provided courtesy of iTunes

 

 

草刈りとバグダッドカフェ

草刈りと映画の「バグダッド・カフェ」は似ている。 

 わたしは草刈りが好きである。

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草刈機が不揃いで汚らしい草地をバリバリと刈り上げていく。 

醜かった草地が綺麗になって蘇る。

この変化がものすごくわたしは快感なのだ。この感覚がなければ、草刈りは苦痛だろうな、と思う。

  

バグダッドカフェ」には太った女が出てくる。

この女が、うらぶれて薄汚れたカフェを隅々まで磨き上げていく。写真のように水のタンクか石油のタンクまで磨く。

わたしは女の掃除にかける並みじゃない気持ちが好きである。好きというより、共感?シンクロだろか?一緒にアーティスティックスイミングをやっているような気になる。

脚をもっと高く!ジャンプしてっ!

綺麗になったね!二人は互いが理解できる…。

 

この女は、掃除がその場に心地よさをもたらすことを知っている。衛生観念が発達する前は、美的な感覚でもある心地の良さが、重要だったしょぉ!と思ってみる。

ネアンデルタール人はお墓に花を手向け、アルタミラの壁画は呪術目的かもしれないが、花を置き、絵を描く、その行為は心づくしである。

それこそが美的な感性だろう、とわたしは思う。

 

わたしは、ぴっこーん!と脚を高く上げる。

寝転がったソファの上のスイミングダンスだ。