See you on the other side.

ぽろぽろと涙がこぼれた。冷やし中華を食べていたんだ。Rと。

 

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 好きな具をいっぱい乗っけて食べる。

錦糸卵、キュウリ、トマト、ハム、キウイ、牛肉のそぼろ煮、胡麻、等々。

あとは、揚げ物を作ってある。

 彼は「食べきれないね」と言う。

 

TVがついていた。

戦争孤児の話だった。余裕のない当時の大人たちは、孤児たちを助けることができなかった。蔑んだり、邪魔者扱いだった。

また、空襲の中、若い母親は赤ちゃんを背中にオンブして逃げまどった。

やっと避難所にたどり着いて、赤ちゃんを見ると死んでいた。

 

こうした話を、老人たちが語っている取材番組なのだった。

 

そして、赤ちゃんの話をしていた老女は、話せなくなった。

 

わたしは気がついたら涙がぽろんと落ちていて、RはTVを消した。

 

 

戦争は、国益、利権の衝突だ。

そこに、愛国心、倫理観、正義といったものが絡んでいく。

これらは感情なんだと思う、倫理観も信念も正義感も愛国心も。

それらの感情が、国というまとまりを作るとき、利害の衝突は戦争をまねいてしまうだろう。

 

愛国心が外部に敵対的なものを仮想しかねないこと、正義は一つではないこと、人は知っている。国家間の大戦争はさすがに今、起きずらくなっているのかもしれない。

 

現在、紛争やテロに絡め取られているのは、赤裸々で直接的な不公平感なのかもしれない。

 

不思議だ。

きっと、個々人はみんな良い人だ。

けれど、紛争、テロがあり、今も殺し合っている。

 

 

10秒の間(ま)

深夜のコンビニには雑多な人々が往き交う。

 ましてここは住宅街だ。

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 どう見ても部屋着を着ている主婦はパーカーを羽織ってノーブラを誤魔化している。

格別わたしの観察眼が鋭いわけではない。

部屋着女はわたしだから。

……!

だからわたしはアタフタ、ササっとタバコとコーヒーを買って、車に戻った。

 

「 チッ、バックで出なきゃ。」と思った時、若い女性が、やっぱり何故か、背中を丸めて、小走りで私の車の前に来た。

彼女は、私の乗っている車の前を通って助手席側に回り込んで行った。

「やれやれ。彼女が後ろを通り過ぎるまで、待たなくちゃ。」わたしはハンドルにもたれた。

 

ガチャ。

 

いきなり助手席のドアが開いたのである。

その若い女性だった。屈みこんで乗り込もうとしている。

仰天しているわたしと目があった。

深夜、見知らぬ乗客が、断りもなくわたしの車に乗り込もうとしている。

 

しかし、仰天しているのは若い女性も同じであった。

何故なら、二人は見つめあったまま、2、30秒間の間があったからである。

 

まあ、少なくとも10秒間は見合っていた。

 

多少は冷静さが戻ったわたしは、彼女はコンビニの店員さんで、わたしは何か忘れ物をしたのではないか?と考えた。

 

わたしは口をパクパクさせた。

 

それまで固まっていた若い女性は、「す⤴︎ません」 と関西弁のイントネーションで謝ってから笑い出した。

 

 わたしも笑った。

彼女が向かった隣の車の父親とおぼしき人も笑っている。

 

思うに、彼女は、わたしの肩越しに見えた父親らしき人が目に入るまで、固まっていたのだ。

 

しみじみとわたしは思った。あまりにも驚くと、固まるんだなぁ。

そういえば私は、恐怖で「腰が抜ける」という事態も経験した。

文字通り、腰が抜けて足が動かないのだ。 

「 悪かったわぁ、ドラマなんぞで、早く逃げろ!ばかぁ!」と何度も思ったもんだが、ホントの恐怖に直面すると腰が立たないし、足も動かない。

 

 

アリータ、バトル・エンジェル

ロバート・ロドリゲス監督、ジェームズ・キャメロン脚本、2019年。

 木城ゆきと銃夢』原作。

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この写真の女の子、アリータはすべてCGなんですよぉ!

彼女はサイボーグで主役なんです。

サイボーグじゃない人間は実写で、つまり、混合というわけです。

このCGはパフォーマンス・キャプチャーという技術だそうです。

 

 

この映画のレビューを読んで以来、見るのをとっても楽しみにしていました。

 

で、

もうもう、素晴らしかった! 

 

 アリータの瞳は透明感があってとても美しいんです。

彼女のアップショットを見てからというもの、わたしはくらっくら。

可愛いのよ。

そしてつおい!なんてったって、300年前は最強の戦闘用サイボーグだったんです。

 

頭部だけの彼女をゴミ山から拾いあげて、修理したのはイド博士です。 

彼女は記憶もなくしていましたが、彼女の眼に映るアイアンシティは、明るくて面白い。

 

 けれど、ここには空中都市が君臨していました。

その下に広がるアイアンシティの人々は、空中都市に仕えるようにして暮らしています。食べ物を作ったり、そんな仕事をしているらしい。

 

 

 空中都市とその下のアイアンシティ。👇腰掛けているのはアリータとボーイフレンドのヒューゴ。彼は人間。

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 この映画は、題名通り、アリータのカッコいいバトルシーンがいっぱいですが、実は、アリータとヒューゴの恋物語です。

 

わたしは、昔よく見た、下っ端のヤクザやチンピラの映画を思い出しました。

彼らの恋は、幹部の女と恋に落ちたり、女のために堅気になろうとしたりといった具合なのですが、決まって、彼らは不条理に押しつぶされていきます。

犯罪者まがいの生き方をしてきた彼らは、底辺から抜け出そうとして、いつだって、強大な力や理不尽な出来事に負けるのです。

 

この映画も、特権的な姿の見えない階級と、地上で暮らすたくさんの人々、という現代社会の縮図ように見えます。

 

空中都市に憧れ、希望を持っているヒューゴ。

彼に恋するアリータ。

階段を登ろうとする二人は、不条理に呑み込まれていきます。

(ついでに言っとけば、不幸は公平、平等です。どこにでも忍び寄る。)

 

 

しかし面白いのは、アリータというキャラです。

 

ヒューゴにとって地上の暮らしは有象無象の仲間入りなのでしょう。

けれど、アリータはここで楽しく暮らせるじゃないかと、ヒューゴに言うわけです。

 

 不思議なことにというか、新しいと言うべきか、この少女は分かってるんですねぇ。

いま、ここに二人でいられることが幸せであることを。

彼女の心は力に満ちているのです。自分をしっかりと見つめる強さがあります。

彼女は何ものにも踊らされはしないのです。

 

 

……しかし

懸命にアリータはヒューゴをつかんでいたのですが、ちぎれてしまうのです。

せつない…恋でした。