彼女は、辛そうに身体を起こし、枕にもたれた。
「あの彼が見舞いに来たのよ」と、わたしに言う。
“あの彼“というのは、昔、彼女が愛した男だ。
彼女の夫も“あの彼“を知っていた。最後に、会わせてやろうとしたらしい。
「彼には、会いたくなかった。見られたくなかった…。」痩せ細った彼女は、かつての美貌を失っていた。
「彼はね、奥さんと赤ん坊を連れて来た。」
わたしはとっさに、「きっと、あなたの夫に気を使ったんだよ。」と答えた。
彼女は子供のように首を振った。
実のところ、わたしは混乱していた。“あの彼“の行動が理解できない。
時々、男は、女の大切なものを簡単に破壊する。
「昔、彼は、スパイシーな香水を持っていた。」
「桃の香りにスパイシーな香りを重ね付けすると、洗練されたラストノートになるのよ。」
帰りがけに手を振ると、彼女はそう言った。