ジョナサン・ヘルパート監督。2019年。出演はマーガレット・クアリー、アンソニー・マイキー。
デカデカと「地球上最後の少女」って副題をつけたジャパンネトフリさん…。
…ま、ね。
地球が汚染されて、地上は毒ガスが蔓延。殆どの人は木星の衛星イオの軌道に浮かぶ、コロニーに避難した。
若い女性サムは高地のシェルターで暮らしている。父親が死んでしまったので一人だ。
そこへ、気球に乗った男性マイカがやってきた。
最後のコロニー行きのシャトルが出る。それに一緒に乗ろうと言う。けれど、そらまあ、副題どおり、彼女は残る…。
たったこれだけのお話。
それを、音楽と役者のショット、背景ショット(には低予算ぽさが見て取れるのだけど)、それらに情緒のベールを被せて見せる。全く飽きなかった。(すごいじゃん!)
主演のマーガレット・クアリーが魅力的、彼女の表情、一人ぼっち。
ずうっと彼女を見ていて飽きないという不思議。
メイクをしたクアリーちゃん
彼女が見ていた美術本は、コレッジョの神話画連作「ユピテルの愛の物語」。
その中の「イオ」の神話画を見ている。
ギリシャ神話のユピテル(ゼウス)が黒い煙に化けて、神官のイオに会いにくる。
裸のイオが黒い煙に抱かれているエロテックな絵だ。
そして、マイカと立ち寄った美術館でサムは「ユピテルの愛の物語」の連作を見る。
レダがユピテルに犯されて、トロイ戦争の原因になったヘレネーを産むことになる神話の絵を。
この時、彼女の心ははっきり決まる。わたしは、なんとなく、アンティゴネーを思い出していた。だって、彼女のあの頑なさ、頑固さってどこからきているのだろう。
アンティゴネーが戦いのバカバカしさ、そういったものに「ノン」を突き付けたように、彼女は、地球をここまで汚した人間の愚かさというものに、地球と共にあることによって、「否」を突き付けたかったのかもしれない。
それは彼女の怒りと悲しみの表現でもあるだろうなと思う。
ラストシーンは彼女の間際の幻想だったと思う。