「バチェラージャパン3」の3人の男女について

友永くん、岩間さん、水田さんの恋模様は、ほぼドラマだった…。 

 3話(10、11、12)しか見ていないので余計そう思うのかもしれない。

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 実は「キャロル」という映画を見た時、わたしは落ち込んでどうしようもなかったが、同様に今回もがっつり落ち込んでいるわけだ。

 ただし、今回は自分の落ち込みについてなんとなく理由がわかるのだ。

 

この3話を思い返してみるに、友永くんと岩間さんは、ごく普通の良い人なんだと思う。ただ、二人ともナルシシストなんだなぁと思う。

岩間さんに傷つけられてヘナヘナになっている友永くんは、すでに婚約指輪を渡した相手である水田さんにこう言った。

「これから色々苦しい事や辛いことがあると思うけど、俺を助けてくれるか?」

しばしの間の後、水田さんは顔を上げ明るく笑いながら「まかしとき」と答えた。

わたしはこの時、水田さんの心の声が聞こえた。「お前のことも助けるから、俺も助けてくれ、じゃないのか?」もしくは、「お前のことは守るから俺のことも助けてくれ、じゃないのか」…と、水田さんの心にそれらの言葉がよぎったに違いないのだ。

 

 ところが彼女は、まかしとき、と言うだけなのである。これが野原さんなら「二人で助け合おう、と言うべきでしょ?」とか言うんじゃないかなと想像するが、水田さんと言う人は、男をだらしなく許してしまう。

これが矢部さんが言うところの「2番目の女」という意味である。つまり、男にとって都合のよい女で、少しずつ、品格のようなものが落ちていってしまう。

 

友永くんは、無意識のうちに彼女のこうしたところを利用してしまった。

12話では、皆んなから酷すぎると責められる彼を「一直線な人だから」とか、庇ってしまう。彼は、自分が水田さんから擁護されたとき、初めて彼女をまともに振り返った。が…次の瞬間には、もう、自分と岩間さんをまもることしか頭にはなくなっていくのだが。

 ま、気がついた人もいるかと思うが…わたしには、水田さん的要素がある。

そしてRはナルシシストなんだ。色々、身につまされたって事なんです…。

 

 

バチェラー・ジャパン3/10、11、12話

わたしは「バチェラー」のような婚活サバイバル物に興味がない。ところが、Gさんの記事があまりにも面白くて、10話からの3つを見てしまった。(Amazonプライムで見られます)。

 

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あげく、心がひりついている。

なぜなら、10話を見て、すっかり水田さんのファンになってしまったからなのだ。

この回は、バチェラーが3人の女性を自分の家族に会わせる、というもの。めっちゃ面白いねん!バチェラーの家族はダチョウ倶楽部のノリで、やっぱぁ、大阪人ってみんなおもしろいんだぁ、と、わたしは大いに感激した。

最初に出てきたのは、とても美しい清楚なお嬢さんで、ま、この人で決まりだな、と思っていたところに、水田さんがでてくるわけです。もうむっちゃんこ可愛い人なんだ。

 

だから、それでね…ついつい、次の2つの回もみちゃったんだ。わたしは心がヒリヒリして、いつも楽しみにしているブログ巡回にも出かけず、落ち込んでいるわけ…。

 

詳細については、Gさんが順次、上げてくれると思う。

 

www.realoclife.com

 

 

スターシップ9/彼の選択

 青年は一人ぼっちの少女のために危険を冒すのです。SFだと思ったこの映画は、愛の物語でした。 

 Amazon

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 アテム・クライチェ監督、脚本。2016年。スペイン。

クララ・ラゴ、アレックス・ゴンザレス

 

 地球は汚染によって住めなくなりつつあった。エレナは、移住先を探す宇宙船に住んでいる。故障した宇宙船を直すためにエンジニアの青年アレックスが乗り込んでくる。

 

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少女は、どうしたって両親と話したかった。

丘を埋め尽くして並び立つ家々、そこから谷底に広がる夜の街を見下ろしている青年。

 二人は各々が自分の葛藤を解決するための行動に出ます。エモーショナルな愛の絡みではなく、それぞれが犠牲を払って己の問題と向き合います。

 

夜景を見下ろす青年はどうやら、競技場のグラウンドを見ているようです。競技をしている人たちは豆粒ほどにしか見えません。最後に分かるのですが、この映像は青年の選択の哀しい犠牲を象徴していました。

 が、しかし、青年がその代償を払う価値がある可憐で美しい少女でありました。

 

若い肉体は、どんな光を当ててもどんな切り取り方をしても美しい。

世阿弥は、最後の芸術として老いに残る一輪の花を見ました。映画は一輪の花の幽玄な美を捉えますが、それを嘲笑うような老いの醜さも写出してしまいます。つくづく映画は青春の芸術だなと思います。