スリー・ビルボード

  ミルドレッドとディクソン巡査の「再生」の物語かなあ。

 

 ネタバレ注意

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 娘を殺されたミルドレッドが3枚の立看板をたてる。そこから始まるお話。

 

ビル・ウィロビー署長は、(部下や奥さんのことなど、言葉の端々から洞察力がある人だなと感じさせる)、ミルドレッドに会いに来る。

この時ウィルは悟るんだと思う。ミルドレッドにはこの戦いが必要なんだと。(悲しみから立ち上がるには、何か行動することが生きる力になる、と私は思う)。

 

そしてウィルはディクソン巡査に手紙を書く。約めて言うと「本来の自分に戻れ。お前はいい警官になれる。暴力を止めろ。ゲイだとからかわれたら、差別だとしょっぴけ。」

 

ディクソンはABBA聞きながら可愛い顔して踊ってるし、ゲイなのかもなあ、と思う。 彼の過剰な暴力はそれを隠すためなのかなあ、と。

 

ウィルは死んでしまっても、ミルドレッドに戦いを続けさせ、ディクソンには捜査を続行させる。二人の再生の物語はウィル(WILL)の意志、願い、として残る。

 

こうしたお話が、山間の美しい緑に囲まれた小さな町で展開する。

病院の窓から見える緑の山々、赤い看板と緑の景色がきれい。

緑と赤の組み合わせっていつも思うけどなんて美しいんだろ。

 

 わたしはこの映画を見ていて「イングリッシュマン・イン・ニューヨーク」というコメディを思い出した。主人公は、ニューヨークでさえカルチャーショックなのに、一人で南部へ。そこは見ているわたしでさえ、「あの人たちは異星人?」状態で、南部独特の独自の慣習、信条みたいな摩訶不思議な暴力的な空気感に満ちていた。

それが、この映画の雰囲気と重なる。(ディクソンが南部と言っているので、かなり南部寄りの架空の町ってことか?)

 

ミルドレッドにしろディクソンにしろ、彼らは彼らの正義を行うべく、二人、車でアイダホに向かう。

ミルドレッドはここで始めて笑顔をみせるのである。