正直に言うと、5回は寝た。
この映画…。
なんの気無しにチョイスしたこの作品。
しかし、最初の白黒の一連のシーンを見たわたしは、もうもう感動!
素晴らしい構図、素晴らしい勾配を馬に乗った人々が歩いてくる。
うっわぁ、と思った。
あふれる木漏れ日の美しいこと!ろくに知りもしないが、最初、フォードを思い出し、次にルノワールみたいだと思う。
一旦、コーヒーを飲んで落ち着いて、続きを診始めた。
がぁっ…!カラーになってからがたいへん。
感情移入を阻む作りになってるんだ…。
顔のアップ、バストショットあたりが、感情表現を伝える、ってことになっている。
ところが、ほぼ、遠景ショット。人物も。
極端に台詞が少ないが、台詞が入る時は、暗闇の中、遠くにぼんやりと顔が映る、って塩梅。
もしかしたら違うのかもしれないが、ほぼ音楽がなかった。画も薄暗い。
わたし、そらぁ、寝ちゃうよ。
そいでも、見続けたのは、映像が、画が、なんつうか、素敵なんだ。
妻夫木の妻役、忽那汐里。👇
上に上げた2枚の写真 、これらのシーンだけは、きちんと光があった。
まぁ、寝ちゃってるからなんだけど、訳が分からなくてあとで調べた。
鏡磨きの旅人みたいな妻夫木聡は、遣唐使で、これらのシーンは日本に残してきた妻を回想していたんだと…。
この監督がすごい人だなと思わせるのは、観客の感情移入を阻むにしても、通り一遍のやり方だけじゃなくて、光の使い方で、分けているところじゃないかと思う。
つまり、妻夫木聡だけには自然な感情表現をさせ、彼には光がある。彼の回想シーンには光が溢れている。
光が、豊かな詩情を生むということを改めて思い知らされたよ。
主役の女アサシンは、彼女が愛した幼馴染を暗殺するように命じられる。
何遍もアサシンの師匠が出てきて、感情を持つな、心を殺せ、みたいなことを言う。
そのアサシンが出会ったのが、人間らしい暖かさを持つ妻夫木聡なんだ。
最後、師匠が例によって例のことを宣い、アサシンと刃を交わす。
強いわけよ、アサシン。カーン、パシンって師匠の刀を弾いて、颯爽と踵を返した。
このシーンは光があって、師匠の顔がはっきりわかる。
もう師匠は圧倒されている。
アサシンは信念を持った…。感情的な判断ですよ。
そして、アサシンは待っていた妻夫木聡の所に行ったんだわぁ。
二人が歩いていくシーンは、光が溢れているわけではなく、曇りの時の光みたいな感じ。
でも平明な画。
そして、寿ぐように音楽が流れた。