瑯琊榜/男の愛

 「わたしはあなたを選びます」

靖王にそう告げた時、彼は彼女を捨てていた。

 

(3600字)ネタバレ注意!

f:id:knori:20200523201516j:plain

 彼(梅長蘇)の愛情は全てが靖王のものだった。

 

 左から靖王、梅長蘇、彼女(王女)。

f:id:knori:20200520164455j:plain

 

主役の役者さん、フー・ゴーが、とても気品のある佇まいで演じきっているので、男同士の友情、愛情と日本語を使いたくなるが、このドラマはまごうことなき(オタク的)ボーイズラブだ。

思わず、「これを書いた人は、女性でしょぉ!こんなん女にしか受けないしょ!」と口走ったわたしは、調べました。(๑╹ω╹๑ )

やはり女性作家で、原作はWeb小説。彼女が脚本も担当していた。

そしてなななななんと、中国で大ヒット、中国版エミー賞にもたくさん輝いた!そうだ。

 

 ふむ…訳は分かる。

 

靖王と彼の愛には分厚く史劇が乗っかり、これを復讐劇だと見れば、オタク臭は消える。

この作品は、2015年中国製作、総監督はコン・シェンとリー・シュエ。そして原作脚本は、海宴(ハイ・イェン)さん。

脚本がめっちゃ上手い!監督が超プロフェッショナル!

小気味よく展開される短いシーンに情報がぎっしり!印象に残る画もいっぱいあった。

冒頭のシーンで、歴史ファンタジー だと納得させ、畳み掛けるように皇子たちの政権争いと、瑯琊閣と梅長蘇の密接な繋がり、作戦の一端が示される。

 

 瑯琊閣の公主と可愛い飛流👇

f:id:knori:20200520164528j:plain

 

序盤は、探偵ミステリー物のようで、謎含みである。

梅長蘇がみる悪夢。地獄絵さながらの戦場で、若い武将が父から「生きよ!」と言われて崖を真っ逆さまに落ちていくナイトメア。

そして彼は、余命2年であることが分かる。瑯琊榜(瑯琊閣が出す有名なランキング)の才人ランキングのNo. 1でもある。

その彼、梅長蘇が都に行くのだ。危険過ぎると瑯琊閣の公主に止められた彼は、「準備は整った」と言う。

 

ネットでのドラマの感想は、「最初のほう、わけわかんなくて」と言う人が多かった。

こういう「わかんない」という人は、ドラマの作り方を無意識に見ているんだなと思う。

始めてこういう作りのドラマに遭遇したなら、訳が分からなくて当然、訳が分からない作りなのだから。はっきり示されるのは、主人公の命が短い、ということだけだ。

 

時々、ここまで説明するか?!というドラマがある。視聴者のわかんなーい、という言葉をTV局はもっと精査して欲しいもんだ…と思う。

 

もとい、

とても心に残るシーン。

 

梅長蘇は、宮中の礼儀作法に精通というよりあまりにも馴染んでいるので、皇族だったのか、と思って見ていると、太皇太后たちから拝謁せよ、と命じられる。

ボケている太皇太后と彼女の娘や妃たち女ばかりが居並ぶ。彼女たちは噂の梅長蘇が見たかったのだ。

梅長蘇と、彼の弟子でもある貴族の若者二人がひざまずく。若者たちのおばあさま、つまり太皇太后に挨拶すると、なんと太皇太后は、梅長蘇を「小硃、小硃、」と12年前に死んだ者の名で嬉しそうに呼びかけるのである。周りはみんな、ばあちゃんはボケてるからと思っている。しかし俯き加減の梅長蘇の顔は、彼が小硃、つまり死んだはずの林硃であることを物語る。そして彼がそのおばあちゃんを愛していることも。

おばあちゃんは、彼に「これが好きでしょ」と言ってお菓子を渡した。

…彼は小さなお菓子を…手のひらで包み込む。その仕草がおばあちゃんの愛情を手の中にそっと留めようとするかのようでもあり、いつくしむようでもあり、ひとことで言えば、美しい…。

 

おばあちゃんは、王女も梅長蘇の横に並ばせて、二人の手を重ね「まだ、結婚していないの?」と言う。

その時、梅長蘇は王女の手をぎゅうと握りしめて離さない。

彼は、そういう手を離したくない女を…捨てたことになる。

劇中で、「選ぶ」という台詞のみならず、弟子に「わたしを捨てた」と言わせているので、作者の意図は、はっきり、(たとえそれが妄想であっても)わたしには伝わったよ。

 

そもそも、何故、梅長蘇が林硃だと誰も分からないのか、と言えば、12年前、戦場から脱出出来た彼は毒に侵されていたのだが、その解毒治療というのが、皮を剥いで骨を削るというもの。んぎゃあああ。なのだ。

かつて、国で一番強いと言われた武将の姿はなく、もう武術が使えない体だし、抗がん剤でも打ってる感じの病身。

少年のころ師事した儒学者が、勇敢な武将でありながら鋭敏な頭脳を持つ優れて理知的な若者、と評した。彼は、かつての外見を失ったが、己の知力で勝負に出たのだ。

 

12年前、策略によって、大虐殺が起こされた。

7万の大軍が皆殺しにされ、後継の優秀な皇太子とその家族、軍の総大将である林家とその一族、異議を申し立てた英才たちとその家族、が粛清された。

 

梅長蘇こと林硃は、林家の息子、靖王は皇太子の下の弟で、林硃と靖王はいつも一緒にいた友であった。

 

他所に出向いていた靖王は粛清の難を逃れるものの、帰ってきた彼は、皇帝(父親)に詰め寄った。皆が口をつぐむ粛清の嵐の中、詰問する靖王は真っ直ぐで向こう見ずな性格であった。

当然ながら、以降、彼は、皇帝から嫌われ、冷遇される。いつか殺されるだろうという塩梅。

 

靖王を救うことを選んだ梅長蘇は、だからこそ、復讐ではなく、魑魅魍魎が跋扈する政権を正す。彼はすでに江湖の大半を支配する武侠集団を作り上げていた。黒幕に刺客を送って復讐を果たすこともできた。

しかし、悪を詳らかにし、謀反の誹りを覆さなければ、靖王はいつ殺されてもおかしくなかった。

梅長蘇は、病気の治療にたぶん数年、武力に優れたスパイ組織の構築、作戦の下準備にたぶん5、6年?

そうして、残り2年の命をかけて、腐れ切った政権を正す、このドラマは、そこから始まるお話だ。

 

雪の中の靖王を呼び止める梅長蘇👇

f:id:knori:20200523170201j:plain

敵の術中にはまった靖王は、皇帝に直訴に行こうとする。もちろん、行けば殺されるだろう。

梅長蘇が「殿下、殿下、」と必死に説得するが聞く耳持たず。

 

…その時、梅長蘇が「蕭景琰!」と靖王を名前で呼ぶのである。

懐かしさがこみ上げる死んだ友、林硃の呼び声のようであり、靖王は立ち止まるのだった。

 

以降も、靖王は、梅長蘇のいろんな癖を目にするたび、懐かしさと苦しさに見舞われるのだ。

「自分は狂ってしまったのか」と思う靖王なのである。

ネットでは林硃だと気がつかない靖王は愚鈍とかバカと言っていたが、靖王は正しい。

だって、梅長蘇の正体に気がついたのは、女三人だけ。詰め寄られた梅長蘇が白状したからである。男で知っているのは将軍だけで、それは梅長蘇と文通(都の様子を知らせていた)していたから。

もちろん、彼を囲んでいる男たちは知っているが、彼らは皆、梅長蘇の部下である。

 

そして靖王は策謀家を死ぬほど嫌っている。彼の真っ直ぐな性格のせいもあるが何より兄も、友の林硃も策謀によって殺されたからである。

梅長蘇に惹かれながら、信用していない靖王は、そのせいで彼を酷い目に合わせたりする。

ここら辺も、女には、切ない快感に心震わせるポイントであって、そうした快楽や可愛いさポイントがいっぱい散りばめられている。

知っている話しだなぁ、と思う箇所も多く、作者は、こうした面白い展開、快感ポイントといった昔からのステレオタイプを数多くコーディネートして物語を作っている。

 

わたしは梅長蘇と瑯琊閣の公主、梅長蘇と護衛の飛流のやり取りがツボだった。めっさ可愛い!

靖王や将軍といった武将達に梅長蘇が説明というか説得しているシーンがある。

梅長蘇に何か言われるたびに、彼らは代わりばんこに、「チュダ」って言う。「わかった」って意味らしいが、これもツボだった。

 

そうだ、忘れられないシーンがある。

梅長蘇は病で、意識が朦朧としている。

覗き込んだ靖王(景琰)に、うわごとで、

「景琰、怖くない」と言うのだ。

どんな意味もあてはまりそうな悲しい言葉である。

その前のうわごとで「父上…」と言っていたので、また、皆殺しの戦場にいるのかもしれない。その時、19歳だった彼は自分が死ぬと思った時、「景琰、怖くない」と言ったのかもしれないし、景琰、つまり靖王を残して自分が逝くことを心配して「景琰、大丈夫だよ」という意味だったのかもしれない。

 

物語は進み、ラスト、本当に孤独そうな靖王の顔が写って、お話は終わった。

 

 

 

このドラマの中で、「昔の楽譜を発見した」と音楽愛好家が話すシーンがある。

彼らは、漢字が並ぶ楽譜を見て、ふんふんとかやっている。確かに漢字には音の意味があると聞いたことがある。

けれど、それはとても複雑な音の意味だとも聞いた。

であるならば、合理的な音符の感覚ではなく、漢字の楽譜は解析してようやっと音が掴めるって感じなのでは、とか不思議に思った。